sugimoto
2011年2月26日土曜日
混乱した青春ー10
アッツ島の玉砕、同じく硫黄島の玉砕とあまり芳しくないニュース。子供ながら心配で何とか早く軍人になって、お国の為に成りたいと思っていた。その当時は国民皆軍国主義一色に洗脳されていた子供の事、軍人に成る事だけが目標であった。僕は特別であったかも知れない、地獄の様な家庭環境の中早く這い出したい気持ちがいっぱいであった事にもある。軍隊に入れば衣食住は保障され、しかも国の為に身を尽くすと言う大儀名文も成り立つのである。そうこうする内に二年生も終りに近づいた。春の麗らかな日溜りに何となく心の浮いたある日だった。裏の友達の家に遊びに行ったが友達は居ず彼のすぐ上の姉が一人留守番していた。僕より一つ年上で上の姉さんにも増して劣らず奇麗な人で、美人コンテストに出れば一番に成る位の美人であった。ところが頭がちょっと、発達障害と迄は行かなくても常識に欠けた所が有った。しかし文章を書き内容を組み立て作るなど特別の才能があった。作文の下手な僕にはコンプレックスさえ感じた。特にエロ小説めいた文章の中、セックスの描写には経験して居るのかは知らないが、真に迫って読む者をして堪らなく興奮させるのであった。そういう事を知っている二人だけの家の中、何かおきない事は不思議である。彼女が言った接吻した事あるの、ないと言うと教えて上げるわと言って僕の手を取り彼女の部屋に行った。いきなり抱きつき横に倒れ添い寝する格好になった。上の姉との事があるので、何となく罪な様でしっかり抱き返す事をためらった。しかし彼女は僕と姉との仲は知っていたのだ。何をためらうの姉さんには何時もしっかり抱きついて甘えていたくせに、と言うなり唇を僕の口に押し付けてた。そして手をそっと下に僕の固くなった奴を握り締めた。もう頭の中は真っ白理性とは裏腹に彼女をしっかり抱きしめ彼女の唇に翻弄されて仕舞ったのだった。興奮しきった彼女は舌を口に入れろと言う、言われるまま舌を彼女の口に差し入れると舌を絡せ上手に嘗め回す。興奮どころかその技量に感心していた。処が彼女舌を強く噛み切ろうとした、たまらず悲鳴を上げるや顔を押しのける様にして舌を引き抜いた。そっと舌に手をやり血の流れを確かめた。幸い怪我は無かった。此の儘居たら噛み切られて殺されるかも知れない、彼女から離れ逃げるように家を出た。
2011年2月19日土曜日
混乱した青春ー9
二年生も終りに近づいた、飛行場の作業は一組み単位で一週間交代だったので一ヶ月以上過ぎてやって来た。勉強はあまり好きではなかったのでかえって作業の方が楽しかった。あれから猛者は作業場でも人気者で、半島人の一部は作業が終わって柔道を習いに彼を追っかけていた。一週間の作業が終り授業に戻った日、職員室の窓ガラスに少年飛行兵募集の張り紙があった。早速担任の先生に応募したいと言うと両親の承諾を持って来いと言った。必要用紙をもって父母に承諾を頼んだ。母はすぐ承諾したが父は難色を示し学校に尋ねてからと言った。後で解った事だが、担任の先生は成績は大丈夫だが体格が飛行兵には難しいと言ったそうだ。父親はその事は黙って、合格は難しいが息子の言う事を聞いてやれと思ったのか承諾印を押してくれた。そんな事とは露知らず、幼年学校の二の舞はせぬぞと遊びにも出ず家にこもって猛勉強をした。明日は試験の日になったその晩緊張と興奮で眠れない。時間が経つにつれその興奮が性的興奮に変わった。興奮した奴は盛んに僕の手を要求する心に反して手が動き出したついに掻いてしまったのだ。あくる日だるい体をおして試験場に行った、午前は筆記試験だった容易い試験で小学生の試験の様だった。午後筆記試験の合格者だけが体格試験をした。僕の番にきて試験室に入ると先ず血液を取られた、それから身長体重,胸囲、腕力、背筋力、肺活量を調べて最後に試験管の個室に入り、軍医らしき厳しい医官に質問され、お前咳がでるか、出ません、時々熱が上がるか、上がりません、肺結核になった事があるか、ありません、うんーと医官考えていたがお前の血沈検査がおかしい、すごく下がっている、チョット胸を広げよと言って聴診器を胸に当て聞き取ってた、何にも出ないお前ひょっとしたら昨夜せんずり掻いたのかと言った。図星を突かれ顔が赤くなったが正直にはいと答えた。試験管は厳しい表情になって馬鹿野郎試験の前にせんずりとは試験を何と心得ておる出直して来いとこっぴどく叱られた。ほうほうの体で家に帰った。合格通知は終に来なかった。助平ー小僧の大失敗であった。
混乱した青春ー8
相変わらず家庭は陰惨な状態である。兄は東京に行き虐待は無くなり僕としては平和な日々で喜んでいたが、母の嫉妬は前にも増しての激しさである。原因は父の行状にあるが、それに加えて父は芸者に大持て持ての美男子であった。その反対に母は化粧など余りしない肌色は浅黒く美人とは言い難い顔である。しかし頭はすごく斬れ素晴らしく良い人であった。容貌にコンプレックスがあったのであろう。また僕にだけ鬱憤を投げかけるのにも理由があった。その一つに僕の父親贔屓がある、それに増して時々妾宅を訪ねては小使い銭をせびったりした悪餓鬼であった。父には絶対に告げ口はしてくれるなと妾に言ってはいたが母は少しく感じていたのだろう。その日も荒れていた、妹と姉二人は、三人してお祖母ちゃんの家に遊びに行って家には母と二人だけになっていた。中学も三年になろうとしている外に出て遊んでばかりしていないで、上の学校に行く為勉強して準備を始めなさいと強く叱り付けられた。家に居て勉強など出来っこない家の中は地獄と同じだと言った。その言葉に母は激昂して傍にあった座布団を投げつけた、そして色んな罵声を浴びせかけ兄ちゃんが居れば良かった、兄ちゃんが居たらそんな暴言は許さなかっただろうと。母は兄の虐待を肯定しているのだ、何ともしれない虚しい感情悔しさ、憤りが胸にこみ上げてきた。涙がぼろぼろと流れ声を張り上げて泣き叫んだ。泣くだけがお前の言い訳かお前の様な悪餓鬼は居ない方が余程ましだとがなり立てた。僕はもう逆らう言葉さえ失ってしまっていた。心の隅に少しはなだめて呉れるかなと母の小さな愛情を待っていたが、そんな甘ったれた感情は微塵に砕かれ吹き飛ばされたのであった。僕はもう何処え行く所も誰に相談する事もできない、最早死んだ方が良いのかも知れないと死ぬ事が脳裏をかすめた。涙目を手で拭きじっと母の顔をみつめ、僕はもう死にたい死んだらお母さんも安心するだろうと、抗議を交えた感情で言い放った。母は何を思ったのか席を外し台所の方に行った。持ってきたコップと匙白い粉のはいった壜を前に出し、此の亜ヒ酸を飲んで死んだらいいと自分もその後で死ぬからと言った。僕は亜ヒ酸のビンをあけ匙でコップに入れようとするが、手ががたがた震え壜を叩く匙の音が虚しく鳴るだけであった。日頃大きな口を叩くくせ死ぬのが恐ろしい臆病な僕が此処に居た。走るように二階の部屋に行き布団を被りうつ伏せになって号泣した泣いて、泣いてただただ泣くばかりであった。
2011年2月18日金曜日
混乱した青春ー7
太平洋戦争が始まって二年近くになる戦域は広がり長期戦になるぞと皆言いはじめた。其の為か隣村に飛行場の建設が始まった。多くの働き手は兵隊に行ったので労働者が足りず、我が中学生も夏休み返上で建設作業に動員された、スコップを手にトロッコに土を積み込んだりして一日中重労働だ。まだ建設途中の300メートルぐらいの未舗装の滑走路を少年飛行兵だろう、二葉の練習機で飛び立っては帰りの繰り返しを始めた。練習機は10機ぐらいあった、ドイツ製のイングマンというそうだ。高く飛び上がり宙返りや錐揉みなどして練習する姿は羨望の的であった。ある日その一機のエンジンの調子が悪いのか、頼りない音をたて急に低空になり墜落するかと思ったがそこは教官同乗、飛行場すれすれの処で不時着した。そんな事が二、三回あったが、墜落して飛行兵が死んだとかは一度も聞かな無かった。この作業場に朝鮮半島から徴用された大勢の半島人がいた。何時も一緒に仲良く作業をしていたが、その中に一人異様に目が鋭く何時も我々に敵対する様な態度であった。日頃日本人から差別され蔑視されて居ると思いそれに反発し抵抗する態度が出るのであろう。確かに日本人は半島人を差別していた。然し我々中学生はまだ子供だったからだろう差別感情は無かった。ある日その目の鋭い半島人が僕の何が気に触ったのか僕の手からスコップを取り上げた、何をすると言って取り返そうとすると半島人はスコップを遠くえ放り投げた。僕は怒って彼に掴み掛かろうとしたが何様彼は青年の大男、勝ち目は全く無い手が出ないのである。其処に猛者が走って来た如何したのだ、うんこうなんだと説明した、それはど奴だ、あ奴だで猛者が彼に飛びかかろうとした時監督兼通訳が飛んできて中に入り、半島人と話をした後猛者に向うに行けと言った。猛者は納得出来ない彼を前に出せ決着を着けると言って聞かない。監督は彼と又話をしていたが、此の小癪な小僧を懲らしめてやろうと思ったのか、よしそれでは仕事が済んでから此処に集まれと言った。仕事が済んで皆が集まった。彼は直様ボクシングの様な格好をした、猛者が前に出るといきなり打って来た、猛者はその腕を掴み中に潜り込んだ瞬間一本背負い鮮やかに決まった。皆口を半分明けポカンとなった。彼は腰を打ったのか手で押さえ立ち上がろうとした、猛者は直に彼に寄り腕と肩を支え立ち上がらせた。そして手を差し伸べ握手を求めた、彼は日本人の敵意が無いのを悟ったのかあの鋭い目が和みそっと微笑んで手を握った。周りに居た数人の半島人と仲間の数人は皆手を叩いた。猛者は一躍我が中学の英雄になった。
2011年2月17日木曜日
混乱した青春ー6
そんなのか知らなかったなー、あんたが買いに行ったらいいではないかと言うと。馬鹿を言うな俺が行ったら薬局の親父ポリ公に告げ口する、お前だと誰か青年に頼まれたなと納得するんだ、と言う事で僕が買いに行く羽目になった。薬局に行って衛生サックを下さいと小銭を差し出すと、親父僕の顔をじっと睨み付け何に使うんだ、僕は知らない兄ちゃんに頼まれたんだ、お前の兄ちゃんか年は幾つだとしっこく聞きやがる。仕方なく指をおり 歳を数える振りをし何と言うのか考えていた。咄嗟に頭に浮かんだ、兄ちゃん去年兵隊検査をしたんだ。親父ふんーと唸っていたが僕の小柄な体をみてこの奴まだ何も知らない子供だなと思ったのだろう、合点して小袋を二つ渡してくれた。猛者は旨くいくかなと電柱の影で覗いていたが、僕が小袋を持ってきたので大喜びになった。まだ夕方には早い下宿に戻ろうと言って帰りだした。折角遊びに来たのに暗くなっては遊べないぞ、何言うか知らないくせに黙って来いと言って下宿へ戻ってきた。部屋に座るなりお前センズリ掻いた事あるかといきなり言う、僕は顔がちょっと赤くなったがうんと返事した。勢い良く飛ばすかと言う、途端何を飛ばすのか解らなかったがハット思い当たった。いや未だ飛ばないんだ先の方に糊の様なのがだらりと出るだけだ。そうか女とやった事はあるか、触ったことはあるが本当に入れた事はない、お前は本当に初心な奴だな、もっと増せているかと思っていたがなーお前の物を見せてみよと言う、何するんだと思ったがこちらは何も知らない初心者、猛者には何か教えてくれる事が有りそうで赤く成りながら下着をずり下ろした。僕の物を見て半むけだなーちょっと小さいけど大丈夫だ役に立つぞと言った。夕方近くになった出かけようと言って小袋を一つ僕に渡した。町の中心からちょっと離れた裏町に来た。二階建ての同じような家が数軒並んで建っている。其の中の一軒に猛者は僕を引き込む様入っていった。猛者は女中に何か耳打ちした、すぐ叔母さんみたいな女が僕の手を取って二階に一緒に上がって行った。部屋に入るなりすぐに布団を敷き僕の洋服を脱がせ寝かせた。叔母さんも横に寝て小袋からゴムを取り出し僕の物に嵌め様とするが緊張のあまり勃起しない。何回も試すが成功に至らず終に残念な事なった。後で猛者は大笑いした。
2011年2月16日水曜日
混乱した青春-5
一年生は無事におわり二年生になった。落第生が二人我がクラスに入った、毎年十人ばかりは落第するそうだ。其の一人腕力の強そうな奴が居た、僕より二つ年上なので背も高く見上げる様な青年に見えた。同級生といっても本当はもう4年生である柔道部だそうだ、柔道初段我が中学校を代表する選手の一員である。全国の中学の中でも二年生の初段は珍しいと言われている。わが校でも段もちは三人程しか居ない、5年生の2段が一人と4年生に初段が一人と二年の彼だけであった。とに角実力の猛者である。其の男僕の何処が気に入ったのか何時も親しげに話しかけてくる。お前柔道部に入れと誘ってきた、兄も中学時代は柔道部だったので柔道着はあった。誘いに乗って部にはいり彼に連れられて先輩部員達に挨拶しに行った、皆揃って新入りを迎えて呉れていた。一年生になったばかりの新入者五人二年生からや上級生の新入者もいた。それぞれ体格の良いがっちりした強そうな奴ばかりである、其の中に細々として背も低く頼りなさそうなひと際見劣る存在の僕が居た。小学生までは背も高く整列する時は一番前に居る程で面構えも根性者だと自負していた。処が中学に入った途端同級生達はズンズンと背が伸び体格も良くなって僕だけが取り残され小さな存在になってしまった。それでも気性だけは荒っぽく小癪な憎たれ小僧になっていた。ある日友人の猛者が今度の日曜日俺の下宿に来いと言った。彼はこの町から20キロぐらい遠く離れた隣村の裕福な農家の息子なのだ。通学するには余り遠いので学校の近くの農家に一室を借りて下宿している。早速日曜日彼を訪ねた、学校から200メートルぐらいの処に農家にしては建て具合がハイカラであった。二階の一室に招かれ彼の部屋に入ると、 壁には色んなポスターが貼られ中に奇麗な女優さんのポスターも有った。彼が前に来るなり町に遊びに行こうといった。彼はもう階段を降りだし早くしろという、アタフタと二人外に出て町の方に歩き出した。町の中央あたり薬局が在った、そこを通り過ぎ街角になったら彼は立ち止まった。小さな声でお前あの薬局で衛生サックを買ってこいと小銭を僕の手に握らせた。衛生サックとは何かと尋ねると、お前サックも知らぬのか顔に似合わぬ阿呆たれだな、と言って股蔵に手をつっこみこ奴に被せるゴム袋だと言った。
2011年2月15日火曜日
混乱した青春ー4
中学に入って始めての夏休み。久しぶり集落の悪童連中にいい顔をしたくなって、何時も集まる場所に行った。大勢の連中が集まっている時刻なのに、向こう山の女好きの少年が一人ボッチで寂しそうにしていた。僕を見て手を振り喜んできた。お前一人どうしたのかと聞くと、皆来たけどため池に行った。俺は泳ぎは余り好きではない、誰か来ないかと待っていたら都合よくも、女好きのお前がやって来たのだ。此れからお宮の前の卵屋の娘、可愛い子を連れて来るからお前も一緒に遊ばないかと言う。女と一緒にどんな遊びをするのか興味しんしんで、それはよかろう連れて来いと言った。暫らくして連れてきたのが何と何時も見かける三才ぐらいの幼子である。吃驚してお前この幼子に悪戯をするのかと詰問したら、何、だいじょうぶだこの子も喜ぶんだと言う。それじゃお前だけで遊べば良いと言って立ち去ろうとすると、待ってくれ俺とこの子だけになると皆が怪しむ。お前も居れば子供達が仲良く遊んで居るとしか思わない。傍に居たくなかったら離れていてもいい其の付近でウロウロしていたらいいんだと言う。僕もマンザラ興味が無い訳ではでない胸をぞくぞくさせながらお宮の境内に入いった、彼も女の子を抱え込んで入ってきた。この氏子神社は日頃は誰も居ない、結構の遊び場所である。前に広い境内があり裏の方にはご神体を御祭りした社がある。其の奥は鎮守の森になっている。神体を飾る祠と本殿との間に通路を塀で仕切った小さな庭がある。彼は本殿を抜けこの小庭に幼児を抱き抱えて入った。直視するには何となく罪悪を感じ僕は本殿でウロウロしながら彼の様子を伺っていた。彼は女の子を抱きながら肌の感じを探っているのだろう。暫らくもじもじして居たが、興奮しきったのか自慰まで始めた。僕も稀に見る異様な光景にぞくぞくした興奮状態になってしまった。然し僕よりも彼の方が余程増せていたのだ。女の子を膝に抱きしめ盛んに揺さぶっていた。暫らくしてそこで何が起こったのか彼は女の子を抱きしめた儘バッタリと横に倒れた。吃驚して女の児に怪我でもあったら大変だと、走りより抱き上げようとしたら、彼はニット白い歯を見せ僕の顔を見て女の児を抱き上げた、そして僕に渡そうとした。その時僕にも何とも知れない変な気持ちが持ち上がっていた。其の児を受け取ろうとした所、女の児は僕の方に来るのを嫌がる素振りをした。その反応で僕はハットして目が醒め手を引込め受け取るのを断った。もしその時あの児を受け取っていたらどんな事に成っていたか、淫らな悪魔の誘いに惑わされ、とんでもない事を起したであろうと、後になって冷や汗をかく思いをしたのである。
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